こころと体の健康相談室

認知症高齢者のBPSD(行動・心理症状):専門職のための理解と対応のポイント

Tags: 認知症, BPSD, 高齢者支援, 専門職向け, 多職種連携

はじめに

この情報は、地域包括支援センター職員や社会福祉士をはじめとする、高齢者支援に携わる専門職の皆様を対象としています。高齢者のメンタルヘルスや身体の不調に関する課題に日々向き合う中で、特に認知症高齢者の行動・心理症状(BPSD: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)への対応は、支援の質を左右する重要な要素となります。本記事では、BPSDの基本的な理解から、専門職としてどのように評価し、どのような視点で支援を組み立てていくべきか、そして関連する相談窓口や支援サービスとの連携について解説いたします。

認知症におけるBPSD(行動・心理症状)とは

認知症は、脳の病気によって認知機能が低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす状態です。認知症の症状は、記憶障害や見当識障害といった中核症状と、それに伴って現れるBPSDに大別されます。

BPSDは、認知症のある方が示す様々な行動上および心理上の症状の総称であり、具体的には以下のようなものが含まれます。

これらの症状は、認知症のある方ご自身の苦痛の原因となるだけでなく、介護者の負担を著しく増加させ、介護サービス利用や施設入所の検討につながることも少なくありません。しかし、BPSDは単なる「問題行動」ではなく、認知機能の低下や身体状況、心理状態、そして周囲の環境など、様々な要因が複雑に絡み合って生じると理解することが重要です。

BPSDが生じる背景要因の多角的理解

BPSDは、認知症の種類や進行段階によって現れ方や頻度は異なりますが、多くの場合、特定の原因や誘因が存在します。専門職がBPSDを理解し、適切な支援を行うためには、その背景にある多様な要因を多角的に捉える視点が不可欠です。主な背景要因としては、以下のようなものが挙げられます。

これらの要因は単独で作用することもあれば、複数組み合わさることもあります。専門職は、BPSDが示す行動の裏にある「本人の訴え」「本人のニーズ」を読み取ろうとする姿勢を持つことが求められます。

専門職によるBPSDへのアプローチ:評価と対応のポイント

BPSDへの効果的な対応は、まず正確なアセスメントから始まります。そして、非薬物療法を基本としつつ、必要に応じて多職種と連携して薬物療法や環境調整、家族支援を進めていくことが重要です。

1. 包括的な評価(アセスメント)

BPSDが現れた際には、慌てず、その行動がいつ、どのような状況で、どのくらいの頻度で起きているのかを詳細に観察・記録します。同時に、以下のような視点から包括的な情報を収集します。

これらの評価には、本人からの聴取だけでなく、家族、介護者、関わる多職種からの情報収集が不可欠です。

2. 非薬物療法の重要性と実践

BPSDへの対応は、まず非薬物療法を優先することが世界的なガイドラインでも推奨されています。非薬物療法は、薬物療法のように副作用のリスクが少なく、本人の尊厳を守りながら症状の緩和を目指すアプローチです。

非薬物療法の実践には、関わる全ての人員が共通理解を持ち、一貫性のある対応を行うことが重要です。

3. 薬物療法の位置づけと多職種連携

非薬物療法で効果が見られない場合や、本人の苦痛が著しい、周囲への危険性が高いなどの場合に、医師の判断のもと薬物療法が検討されます。向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬など)が用いられることがありますが、高齢者、特に認知症のある方への使用には慎重な検討が必要です。副作用のリスクが高く、症状を悪化させる可能性も指摘されています。

専門職としては、薬物療法の効果だけでなく、副作用の有無、本人の状態変化などを注意深く観察し、医師や薬剤師と密に情報共有を行う役割が求められます。薬の開始や増量、中止の際には、必ず多職種でカンファレンスを行い、必要性と有効性、リスクについて十分検討することが推奨されます。

4. 家族への支援

BPSDへの対応において、家族介護者の負担は非常に大きいものがあります。家族への情報提供、傾聴、精神的なサポート、レスパイトケア(短期入所など)の提案など、家族の状況に合わせた支援も専門職の重要な役割です。家族会などの自助グループの情報提供も有効です。

相談窓口・支援サービスとの連携

地域包括支援センター職員や社会福祉士は、様々な専門機関やサービスとの連携を通じて、より専門的な支援へとつなぐ役割を担います。BPSDに関連して活用できる主な相談窓口や支援サービスは以下の通りです。

専門職は、これらの機関やサービスの役割を理解し、対象者の状況に応じて適切な連携先を選択・調整していくことが求められます。日頃から地域の関係機関と顔の見える関係を築いておくことが、スムーズな連携につながります。

まとめ

認知症高齢者のBPSDは、単なる「困った行動」ではなく、本人の身体的・心理的苦痛や環境への不適応などが複雑に絡み合ったサインです。専門職は、その背景にある要因を多角的にアセスメントし、非薬物療法を中心とした個別的な対応を根気強く行うことが重要です。

また、BPSDへの対応は一人の専門職で完結するものではありません。医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職、リハビリ専門職、心理専門職、地域の相談機関など、多職種・多機関が連携し、情報を共有しながらチームとして支援にあたることが、本人と家族のQOL向上にとって最も効果的なアプローチとなります。

本記事が、日々の業務で認知症高齢者のBPSDに直面される専門職の皆様にとって、対応の糸口を見つけるための一助となれば幸いです。BPSDに関するより詳細な情報や個別の事例への対応については、それぞれの専門分野のガイドラインや最新の研究情報をご参照ください。