高齢者の摂食嚥下障害:専門職のための見極め、評価、支援、そして多職種連携の要点
本稿は、地域包括支援センター職員や社会福祉士をはじめとする高齢者支援に携わる専門職の皆様を対象に、高齢者に多く見られる摂食嚥下障害(食べ物や飲み物をうまく飲み込めない状態)について、その特徴、見極めのサイン、評価の視点、具体的な支援策、そして多職種連携の重要性とその推進における要点を体系的に解説することを目的としています。高齢者の摂食嚥下障害は、低栄養、脱水、誤嚥性肺炎といった身体的な問題だけでなく、食事の楽しみの喪失によるQOLの低下、さらには社会的な孤立にもつながる重要な課題です。専門職として、これらの課題に適切に対応するための情報を提供します。
高齢者の摂食嚥下障害とは
摂食嚥下障害とは、口腔から胃に至る一連の摂食嚥下過程のどこかに障害が生じ、食物や水分を安全かつ効率的に摂取することが困難となる状態を指します。高齢者においては、加齢に伴う生理的な機能低下(咀嚼筋・嚥下筋の筋力低下、唾液分泌量の減少など)に加え、脳血管疾患の後遺症、神経変性疾患(パーキンソン病など)、認知症、呼吸器疾患、薬剤の影響など、様々な要因が複合的に関与して発生することが多いです。
この障害は、単に食事が摂りにくくなるだけでなく、以下のような様々な問題を引き起こす可能性があります。
- 低栄養・脱水: 十分な量の食物や水分が摂取できず、全身状態の悪化につながります。
- 誤嚥性肺炎: 飲食物が誤って気管に入り、肺で炎症を引き起こすリスクが高まります。これは高齢者の肺炎の主要な原因の一つです。
- 窒息: 食物が喉に詰まり、呼吸困難を引き起こす可能性があります。
- QOLの低下: 食事の楽しみが失われ、生活の質が著しく低下します。また、食事に時間がかかったり、咳き込んだりすることで、家族や他者との食事を避けるようになり、社会的な孤立につながることもあります。
専門職による見極めのポイント:早期発見のサイン
高齢者の摂食嚥下障害は、必ずしも明確な症状として現れるわけではありません。しかし、日々の関わりの中で注意深く観察することで、早期発見につながるサインを捉えることが可能です。以下は、専門職が見極める際に留意すべき具体的なサインです。
- 食事中の様子:
- 食事に時間がかかるようになった
- 少量で疲れてしまう、食べるのを嫌がる
- 口の中に食べ物が残っていることが多い(口腔残留)
- 食事中や食後に咳き込む、むせる(特に液体で)
- ガラガラした声になる(湿性嗄声)
- 食後に痰が増える
- 特定の食品(パサつくもの、まとまりにくいものなど)を避けるようになった
- 食事中に不活発になる、うとうとする
- 食形態や食事環境の変化:
- 以前は問題なく食べられていたものが食べにくそう
- 食事中の姿勢が崩れやすい
- 食事量が減った
- 全身状態の変化:
- 体重が減少した
- 脱水傾向が見られる
- 発熱を繰り返す(特に夕方以降や食後)
- 活気がなくなった、倦怠感が強い
これらのサインは、摂食嚥下障害の可能性を示唆するものです。複数のサインが認められる場合や、サインが継続・悪化する場合は、より詳細な評価や専門職への相談を検討する必要があります。
評価の視点:簡易的なアセスメントと専門評価へのつなぎ
専門職が摂食嚥下障害を疑った場合、まずは簡易的なアセスメントを行うことが考えられます。これは、詳細な専門評価が必要か否かを判断するための入口となります。
簡易的なアセスメントの例:
- 問診: 本人や家族、介護者から、上記の見極めポイントに関連する情報(食事の状況、むせの有無、食事量の変化など)を聴取します。既往歴や内服薬の情報も重要です。
- 観察: 食事中の様子や口腔内の状態を直接観察します。口腔内の乾燥、舌苔、義歯の状態なども確認します。
- 簡易テスト: 例として、「反復唾液嚥下テスト(RSST)」や「改訂水飲みテスト」などが知られています。これらのテストは、あくまで簡易的なスクリーニングであり、結果のみで診断はできませんが、専門評価の必要性を判断する上での参考になります。
簡易的なアセスメントの結果、摂食嚥下障害の可能性が高いと判断される場合、あるいは誤嚥性肺炎などのリスクが懸念される場合は、速やかに専門的な評価につなげることが極めて重要です。専門評価は、医師(内科医、耳鼻咽喉科医など)、歯科医師、言語聴覚士、管理栄養士などが連携して行います。
専門的な評価の例:
- 嚥下造影検査(VF): X線透視下で造影剤を混ぜた食物や飲み物を嚥下する様子を観察し、嚥下過程の詳細な問題を特定します。
- 嚥下内視鏡検査(VE): 内視鏡を用いて、鼻から挿入し、咽頭や喉頭の構造、嚥下時の動き、誤嚥の有無などを直接観察します。
- 摂食嚥下機能検査: 言語聴覚士などが、口腔機能、咽頭期・食道期の機能などを詳細に評価します。
これらの専門的な評価を通じて、障害の原因、重症度、適切な食事形態や支援方法が明らかになります。
具体的な支援策:多角的なアプローチ
摂食嚥下障害に対する支援は多岐にわたります。専門職として、本人の状態や生活環境に合わせて、これらの支援を適切に組み合わせ、提案・調整することが求められます。
- 食事環境の調整:
- 落ち着いて食事ができる環境を整えます。テレビを消す、賑やかな場所を避けるなど。
- 食事に集中できるよう、声かけや見守りを行います。
- 食事時間を十分に確保します。
- 姿勢の調整:
- 食事中は座位を保つことが基本です。椅子に深く腰かけ、足が床につくように調整します。
- 顎を引く姿勢は、誤嚥を防ぐのに有効な場合があります。クッションなどを活用します。
- 食事形態の調整:
- 個々の嚥下機能に合わせて、食品の硬さ、粘度、形状などを調整します。
- 専門的な評価に基づき、きざみ食、ミキサー食、ゼリー食、とろみ付き飲料などを検討します。ただし、きざみ食は口腔内でまとまりにくく、かえって誤嚥のリスクを高める場合があるため注意が必要です。
- とろみ調整食品などを適切に使用し、安全な粘度に調整します。
- 食事介助の方法:
- 少量ずつ、ゆっくりと口に運びます。
- 一度に多くの食物を口に入れないようにします。
- 嚥下を確認してから、次の食物を口に運びます。
- 本人にペースを合わせ、急かさないようにします。
- 食事中の声かけや励ましは重要ですが、注意をそらさないように配慮します。
- 口腔ケア:
- 食前に行うことで、口腔内を清潔にし、唾液分泌を促し、嚥下反射を賦活する効果が期待できます。
- 食後に行うことで、口腔内の残留物を除去し、誤嚥性肺炎のリスクを軽減します。
- 適切な歯磨き、義歯の清掃、舌苔の除去などを含みます。
- 嚥下リハビリテーション:
- 言語聴覚士などの専門職が行うリハビリです。
- 嚥下体操(首や肩、口唇、舌などの運動)、咳の訓練、嚥下反射を促す訓練、代償的方法(特定の姿勢や手技)の指導などが含まれます。
- 栄養管理:
- 管理栄養士が中心となり、必要なエネルギーや栄養素が摂取できているかを確認し、食事内容や栄養補助食品について指導・提案します。
- 脱水予防のために、安全な方法での水分摂取を検討します。
相談窓口・支援サービスとの連携
高齢者の摂食嚥下障害に対応するためには、様々な専門職やサービスとの連携が不可欠です。専門職の皆様は、これらの相談窓口や支援サービスに関する知識を持ち、適切に連携を図る役割を担います。
- 医療機関:
- 嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査などの専門的な評価、診断、治療を行います。
- かかりつけ医、耳鼻咽喉科、脳神経内科、リハビリテーション科などが関連します。
- 誤嚥性肺炎の治療など、急性期の対応も担います。
- 歯科医院:
- 口腔内の状態(虫歯、歯周病、義歯の適合性など)の評価・治療を行います。
- 歯科医師、歯科衛生士による専門的な口腔ケア指導や実施、摂食嚥下機能に関する評価も行われることがあります。
- 訪問歯科診療を利用できる場合もあります。
- リハビリテーション関連施設(病院、老健施設、通所リハビリなど):
- 言語聴覚士、理学療法士、作業療法士などによる専門的な嚥下リハビリテーションが行われます。
- 日帰りの通所リハビリテーションでも嚥下訓練を提供している事業所があります。
- 管理栄養士:
- 病院、施設、地域包括支援センター、保健所、居宅サービス事業所などに配置されています。
- 栄養状態の評価、適切な食事形態や栄養補助食品に関する専門的なアドバイス、栄養指導を行います。
- 居宅介護支援事業所・訪問介護事業所:
- ケアマネジャーは、摂食嚥下障害を抱える高齢者や家族のニーズを把握し、医療、歯科、栄養、リハビリなどのサービス調整を行います。
- 訪問介護員は、自宅での食事介助や口腔ケアの実施を担います。専門職からの具体的な指導に基づき、適切な方法で行うことが重要です。
- 地域包括支援センター:
- 地域の高齢者の総合的な相談窓口として、摂食嚥下障害に関する相談を受け付け、適切なサービスや専門機関へのつなぎ役となります。多職種連携の中核を担う役割が期待されます。
多職種連携の重要性とその推進
摂食嚥下障害への対応は、一職種のみでは完結できません。医師による診断・治療、歯科専門職による口腔管理、言語聴覚士による機能評価・訓練、管理栄養士による栄養管理、看護師による全身管理・ケア、介護職による日常的な食事介助や口腔ケア、ケアマネジャーによるサービス調整、そして専門職の皆様による総合的なアセスメントと多機関・多職種間のコーディネートが一体となってこそ、質の高い支援が実現できます。
多職種連携を円滑に進めるためには、以下のような点が重要です。
- 情報共有: 関係職種間で、対象者の状態、評価結果、支援目標、支援内容、変化などの情報を正確かつタイムリーに共有します。カンファレンスや情報共有シート、ICTツールなどを活用します。
- 共通理解: 摂食嚥下障害に関する基本的な知識や、各専門職の役割について共通理解を持つことが、円滑な連携の基盤となります。
- 目標設定: 本人や家族の意向を踏まえ、関係職種間で共通の支援目標を設定します。
- 役割分担: 各職種の専門性を活かしつつ、具体的な支援内容や担当を明確にします。
- 定期的な協議: 定期的に集まり、支援の進捗状況を確認し、必要に応じて目標や支援内容の見直しを行います。
地域包括支援センターの職員や社会福祉士は、これらの連携のハブとなり、関係者間の橋渡し役として、また、地域の社会資源に関する知識を活かし、適切なサービスへと対象者をつなぐ重要な役割を担います。
まとめ
高齢者の摂食嚥下障害は、その兆候を見逃さず、早期に適切な評価と多角的な支援につなげることが、合併症の予防とQOLの維持・向上に不可欠です。専門職の皆様には、日々の業務の中で高齢者の摂食嚥下に関するサインに注意を払い、簡易的なアセスメントを行うとともに、必要に応じて医療、歯科、リハビリテーション、栄養といった様々な専門職やサービスとの連携を積極的に図っていただきたいと考えます。本稿が、皆様の高齢者支援業務の一助となり、より質の高い支援に貢献できることを願っております。
高齢者の低栄養については「高齢者の低栄養:専門職が知っておくべきサイン、評価方法、そして支援策」を、口腔ケアの重要性については関連する記事も参照ください。