専門職が知っておくべき高齢者の多剤併用(ポリファーマシー)リスクと薬物適正化に向けた支援
はじめに:高齢者の多剤併用(ポリファーマシー)という課題
地域包括支援センターや社会福祉協議会などで高齢者支援に携わる専門職の皆様は、日々の業務の中で、様々な健康課題を抱える高齢者の方々と向き合っておられることと存じます。身体的な不調、精神的な不安定さ、複雑な生活課題などが複合的に絡み合うケースも少なくないでしょう。
その中でも、複数の医療機関から多くの薬剤が処方され、服薬状況が複雑になっているケースは、高齢者の心身の健康や生活機能に大きく影響を及ぼす潜在的なリスクとなります。これは一般的に「多剤併用(ポリファーマシー)」として認識されており、専門職がそのリスクを理解し、適切に対応するための知識を持つことは極めて重要です。
この記事では、高齢者の多剤併用がなぜ問題となるのか、専門職がどのようにリスクを発見し、多職種と連携して薬物適正化に向けた支援を進めることができるのかについて解説いたします。この情報が、皆様の業務の一助となり、より質の高い高齢者支援に繋がることを願っております。
高齢者における多剤併用(ポリファーマシー)の現状と定義
「多剤併用(ポリファーマシー)」とは、単に多くの薬剤を服用していることだけを指すのではなく、多くの薬剤を服用しているために、副作用が起きたり、きちんと薬が飲めなくなったりしている状態を指す概念として用いられることが多くなっています。特に、高齢者では、加齢に伴う生理機能の変化(腎機能・肝機能の低下など)により薬剤の代謝・排泄能力が低下すること、複数の慢性疾患を抱えていること、複数の医療機関を受診することが多いことなどから、多剤併用になりやすい傾向にあります。
厚生労働省の調査などによれば、高齢者における処方薬の数は増加傾向にあり、複数の医療機関を受診している高齢者ほど多くの薬剤を服用している実態が示されています。薬剤数が増えるほど、薬物有害事象や相互作用のリスクが高まることが指摘されています。
多剤併用が高齢者の心身に及ぼす影響とリスク
多剤併用は、高齢者の健康状態や日常生活に深刻な影響を及ぼす可能性があります。専門職として把握しておくべき主なリスクは以下の通りです。
- 薬物有害事象(副作用)の発生リスク増加: 多くの薬剤を服用することで、それぞれの薬剤の副作用が現れる可能性が高まります。特に高齢者は副作用が出やすい傾向があります。
- 薬物相互作用による予期せぬ影響: 複数の薬剤が体内で相互に影響し合い、効果が強まりすぎたり、弱まったり、新たな有害事象が発生したりするリスクがあります。
- 認知機能への影響: 抗精神病薬、抗不安薬、睡眠薬、一部の鎮痛薬などが、せん妄や認知機能低下を引き起こしたり悪化させたりする可能性があります。これは、高齢者の精神状態や生活機能に直結する問題です。
- 精神症状の誘発・悪化: 一部の薬剤は、抑うつ、不安、興奮などの精神症状を誘発したり、既存の精神疾患の症状を悪化させたりすることが知られています。
- 身体機能への影響: 鎮静作用のある薬剤による転倒リスクの増加、血圧変動によるふらつき、消化器症状、便秘などが生活の質を低下させます。
- 服薬アドヒアランスの低下: 多くの種類の薬剤を、複雑な用法・用量で服用することは、高齢者にとって負担が大きく、飲み間違いや飲み忘れ(過少服用・過剰服用)のリスクを高めます。これにより、病状が悪化したり、薬剤の効果が適切に得られなかったりする可能性があります。
- 医療費の増大: 不要な薬剤や重複した薬剤により、医療費が増加します。
これらのリスクは単独で現れるだけでなく、複合的に高齢者の状態を悪化させる可能性があります。例えば、認知機能の低下と転倒リスクの増加が同時に起こり、QOLの著しい低下や要介護度の上昇につながることもあります。
専門職(地域包括支援センター職員、社会福祉士など)が果たすべき役割
高齢者の多剤併用問題に対して、地域包括支援センター職員や社会福祉士といった専門職は、医師や薬剤師と連携する上で非常に重要な役割を担います。
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多剤併用リスクのスクリーニングと早期発見:
- 担当する高齢者が、複数の医療機関にかかっているか、または多くの薬剤を服用しているかを把握します。(目安として、5~6種類以上の定期薬がある場合は注意が必要です。)
- 服薬状況について、利用者や家族から普段の困りごと(例:「薬が多くて管理が大変」「薬を飲むと眠くなる」「最近ふらつくことが増えた」など)を丁寧に聞き取ります。
- お薬手帳や薬剤情報提供書を確認し、処方されている薬剤の種類や量、処方元を把握します。
- 現在の心身の状態や生活上の変化が、服用している薬剤と関連している可能性を考慮して観察します。特に、最近始まった認知機能の低下、せん妄、転倒、食思不振、便秘、抑うつなどの症状が現れた場合は、薬物有害事象の可能性も視野に入れます。
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服薬情報の整理と多職種への情報提供・共有:
- 把握した服薬情報(薬剤名、量、用法、処方医療機関、開始時期など)を整理し、記録します。
- 利用者や家族から聞き取った服薬に関する困りごと、疑われる薬物有害事象、服薬アドヒアランスに関する情報などを、医療専門職(医師、薬剤師、看護師)と共有できるよう準備します。地域ケア会議やカンファレンスなどで積極的に情報提供を行います。
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多職種連携の推進と橋渡し:
- 多剤併用や薬物有害事象の可能性が考えられる場合は、かかりつけ医やかかりつけ薬局と連携します。
- 薬剤師は薬に関する専門家です。服薬状況の確認や薬剤の副作用、相互作用に関する具体的な相談は、薬剤師に積極的に行います。かかりつけ薬剤師や地域の薬局薬剤師は、専門的な視点からアドバイスを提供し、薬物適正化に向けた医師への情報提供や提案を行うことができます。
- 必要に応じて、医師に対して、現在の服薬状況と心身の状態の関連性について情報提供を行い、薬剤の見直しや整理(薬物適正化)について検討してもらうよう働きかけます。
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服薬支援と地域資源の活用支援:
- 利用者や家族が服薬を適切に行えるよう、具体的な支援方法(例:服薬カレンダーの活用、一包化、配薬サービスの利用など)を提案したり、必要なサービスに繋いだりします。
- かかりつけ薬局の活用を促進します。複数の医療機関にかかっている場合でも、一つの薬局で薬をまとめてもらうことで、薬剤師が重複や相互作用をチェックしやすくなります。薬剤師による在宅訪問や、残薬の調整なども有効なサービスです。
多職種連携による薬物適正化の進め方
高齢者の薬物適正化は、特定の専門職だけで完結するものではなく、医師、薬剤師、看護師、そして私たち地域で支援を行う専門職がそれぞれの専門性を活かし、連携して取り組むべき課題です。
- 情報共有の場としての地域ケア会議: 地域ケア会議は、多職種が顔を合わせ、情報を共有し、共通の目標に向かって支援方針を立てる重要な場です。ここで、高齢者の服薬状況や服薬に関する困りごと、薬物有害事象の可能性について積極的に話題提供し、医療職からの専門的な意見を求めます。
- 薬剤師への具体的な相談: 「〇〇さん、最近ふらつきが増えて転びそうになることがあるのですが、飲んでいるお薬と関係がありますか?」「△△さん、お薬が多くて飲み忘れが多いようなのですが、何か良い方法はありませんか?」など、具体的な状況を伝え、薬剤師の専門的な知見を借ります。薬剤師は、薬の効果や副作用だけでなく、飲みやすさや管理のしやすさといった生活に寄り添った視点からのアドバイスも得意としています。
- 医師への情報提供: 医師は薬剤処方の最終的な判断者ですが、高齢者の自宅での詳細な服薬状況や、薬剤が日常生活に与えている影響すべてを把握しているとは限りません。専門職が日頃から把握している情報(例:服薬アドヒアランスの状況、疑われる副作用と思われる症状、利用者や家族の薬に対する意向など)を丁寧に医師に伝えることで、医師が薬物療法の見直しを検討する上での重要な情報となります。ただし、専門職が薬剤の減量や中止を直接指示するのではなく、あくまで現状の情報提供と、薬物療法の適正化について「ご検討いただけないか」といった形で相談することが適切です。
- 薬局機能を積極的に活用: 地域の薬局は、単に薬を受け取る場所ではなく、服薬に関する相談や指導を行う専門機関です。かかりつけ薬局を持つことの重要性を利用者や家族に伝え、薬局薬剤師と日常的に連携できる関係性を構築することが望ましいです。在宅での服薬支援が必要な場合は、薬剤師による居宅訪問薬剤管理指導の導入を検討します。
相談窓口・関連情報
高齢者の多剤併用や薬物適正化に関する相談、連携先として、以下のような機関や専門職が挙げられます。
- かかりつけ医・かかりつけ薬局: 最も身近な医療・薬学の専門家です。日頃から連携を取り、服薬に関する疑問や懸念を相談できる関係を築いておくことが重要です。
- 地域の薬剤師会: 地域によっては、高齢者の服薬相談に対応するための窓口や、専門職向けの研修会などを実施している場合があります。
- 医療機関の薬剤部: 入院中の患者だけでなく、退院後の服薬支援や、外来での高度な薬物相談に対応している場合があります。
- 地域包括支援センター: 高齢者の様々な相談に対応する総合窓口であり、多職種連携の中核を担う機関として、他の専門職への橋渡しを行います。
- 関連情報: 厚生労働省や日本老年医学会など、公的な機関や専門学会がポリファーマシーに関するガイドラインや手引き、啓発資料などを公開しています。これらの情報も参考にしながら、最新の知識をアップデートすることが推奨されます。
まとめ
高齢者の多剤併用(ポリファーマシー)は、単に薬剤数が多いというだけでなく、それが心身の健康や日常生活に悪影響を及ぼしている状態を指します。専門職の皆様が、日々の業務の中で多剤併用のリスクを早期に発見し、利用者や家族からの丁寧な聞き取りを通じて服薬の現状や困りごとを把握することは、薬物適正化に向けた第一歩となります。
そして、何よりも重要なのは、医師、薬剤師、看護師といった医療専門職と積極的に連携を図ることです。それぞれの専門性を尊重し、情報共有を密に行うことで、高齢者一人ひとりに最適な薬物療法が提供され、安全で質の高い生活を維持できるよう支援することが可能となります。本記事でご紹介した情報が、皆様の多剤併用に関する理解を深め、日々の業務における連携推進の一助となれば幸いです。関連する他記事(例えば、高齢者の転倒予防に関する記事など)も併せてご参照いただくことで、より複合的な視点からの支援に繋がる可能性があります。