高齢者の痛み:専門職が見極めるサイン、評価、支援、そして多職種連携の要点
本稿は、地域包括支援センター職員や社会福祉士といった高齢者支援に携わる専門職の皆様に向けて、高齢者が抱える痛みに焦点を当て、その見極め方、評価、適切な支援、そして多職種連携の重要性について解説することを目的としています。高齢者の痛みは、単なる身体的な不快感に留まらず、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の低下、精神的な不調、社会活動からの引きこもりなど、様々な複合的な課題を引き起こす要因となります。これらの課題に対応するため、専門職として痛みを適切に理解し、関わっていくことは非常に重要です。
高齢者における痛みの特徴と見極め
高齢者の痛みは、若年層と比較していくつかの特徴があります。痛みの原因が多岐にわたる(変形性関節症、神経痛、脊柱管狭窄症などの疾患、過去の外傷、術後疼痛、悪性腫瘍など)ことに加え、複数の痛みを同時に抱えている場合も少なくありません。また、認知機能の低下やコミュニケーション能力の低下により、痛みをうまく表現できない、あるいは痛みを訴えることを諦めてしまうケースも見られます。
専門職が見極めるべき痛みのサインは、言葉による訴えだけではありません。以下のような非言語的なサインや行動の変化に注意を払うことが推奨されます。
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行動の変化:
- 普段行っていた活動(散歩、趣味、家事など)を避けるようになった
- 特定の動作(立ち上がり、歩行、着替えなど)を嫌がる、時間がかかるようになった
- 体位を頻繁に変える、あるいは特定の体位を固執する
- 表情が硬い、顔をしかめる、うめき声やため息が増える
- 食欲不振や睡眠障害が見られる
- イライラする、落ち着きがない、あるいは逆に無気力になる
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身体的なサイン:
- 特定の部位をかばうような動きをする
- 触れられることを嫌がる
- 関節の腫れや熱感(炎症による痛みの可能性)
これらのサインは痛みに限らず他の原因による場合もありますが、痛みの存在を示唆する重要な手掛かりとなります。日頃から対象者の状態をよく観察し、普段との違いに気づくことが第一歩です。
痛みの評価:専門職が活用できる視点とツール
痛みの存在に気づいたら、次に痛みの性質や影響を評価することが重要です。高齢者の痛みの評価においては、主観的な訴えだけでなく、客観的な情報や行動観察を組み合わせることが求められます。
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問診:
- いつから痛みがあるか
- 痛む場所はどこか
- どのような種類の痛みか(ズキズキ、ジンジン、チクチクなど)
- 痛みの強さはどの程度か(後述のスケールなどを活用)
- 痛みが強くなる・弱くなる状況や時間帯
- 痛みがADLや睡眠にどのように影響しているか
- 痛みの原因について、ご本人やご家族がどのように考えているか
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痛みの評価スケール:
- NRS(Numerical Rating Scale): 痛みの強さを0(痛みなし)から10(想像できる最大の痛み)までの数値で表現してもらう方法。比較的簡便ですが、認知機能によっては使用が難しい場合があります。
- VAS(Visual Analogue Scale): 10cmの直線上に、痛みのない状態から耐えられない痛みの状態までを示し、現在の痛みの位置に印をつけてもらう方法。NRSと同様に認知機能の影響を受けやすい場合があります。
- Wong-Baker FACES Pain Rating Scale: 痛みを6段階の顔の表情(笑顔から泣き顔まで)で示し、当てはまるものを選んでもらう方法。言語化が困難な場合や認知機能が低下している場合にも比較的利用しやすいとされます。
- PAINAD (Pain Assessment in Advanced Dementia): 進行した認知症のある高齢者の痛みを、呼吸、陰性の発声、表情、体の動き、慰め可能性の5項目で評価する行動観察スケール。非言語的なサインを見極める際に有用です。
これらのツールは痛みの強さを数値化・可視化するのに役立ちますが、最も重要なのは対象者の全体像(既往歴、合併症、内服薬、生活環境、心理状態など)を把握し、痛みがその方の生活に与える影響を多角的に理解することです。
高齢者の痛みに対する専門職の支援と連携
痛みの評価に基づき、適切な支援に繋げることが専門職の役割です。直接的な痛みの治療は医療機関の役割ですが、専門職は医療と生活の間を繋ぎ、対象者のQOL向上をサポートすることができます。
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情報提供と受診勧奨:
- 痛みが続いている場合や、日常生活に支障が出ている場合には、医療機関への受診を検討するよう促します。
- どのような医療機関(かかりつけ医、整形外科、ペインクリニックなど)が適切か、情報を提供することも有効です。
- 受診時には、専門職が把握している痛みの状況(いつから、どのような時、どの程度など)や、生活上の困りごとを医療機関に伝えることで、より適切な診断や治療に繋がる可能性があります。
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生活環境の調整:
- 痛みを軽減し、安全に生活できるよう、手すりの設置、段差の解消、滑りにくい床材の使用など、住宅改修のアドバイスや支援制度の紹介を行います。
- 痛む部位への負担を軽減する自助具(杖、靴下エイドなど)の紹介や、福祉用具のレンタル・購入に関する情報提供も有効です。
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社会資源の活用:
- 痛みが原因で外出がおっくうになっている方には、デイサービスや通いの場などを紹介し、社会参加を促すことで気分転換や痛みの軽減に繋がる場合があります。
- 痛みのリハビリテーションや運動療法を提供している機関(医療機関、介護保険事業所など)の情報を提供します。
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心理的サポート:
- 痛みが長く続くと、不安や抑うつ状態を招きやすくなります。傾聴を通じて対象者の気持ちに寄り添い、心理的な負担を軽減するよう努めます。
- 必要に応じて、精神科医や公認心理師などへの相談を検討します。
多職種連携の要点
高齢者の痛みへの対応は、一職種のみで完結することは困難であり、多職種連携が不可欠です。関係する主な専門職とその連携の要点を示します。
- 医師: 痛みの診断、薬物療法、神経ブロックなどの医学的な治療を行います。専門職は、対象者の日々の痛みの状態や生活への影響を正確に伝え、治療方針の決定に資する情報を提供することが重要です。
- 薬剤師: 内服薬の管理、副作用の確認、多剤併用(ポリファーマシー)のリスク管理を行います。痛みの薬の効果や副作用について、薬剤師から専門職や対象者・家族へ情報共有を受けることで、適切な服薬支援に繋がります。
- 看護師: 痛みの継続的なアセスメント、痛みの緩和ケア、セルフケア指導を行います。訪問看護師との連携は、在宅での痛みの状況把握や医療処置(注射など)が必要な場合に特に重要です。
- 理学療法士・作業療法士: 運動療法や物理療法により痛みの軽減、機能改善、ADL向上を目指します。専門職は、対象者の生活目標や自宅での環境情報を共有し、リハビリテーションの効果的な実施を支援します。
- 管理栄養士: 栄養状態が痛みの感じ方や回復に影響を与える場合があります。低栄養の改善など、食からのアプローチを連携して行います。
- 歯科医師・歯科衛生士: 口腔内の問題(顎関節症、歯周病、義歯不適合など)が痛みの原因となることがあります。口腔内の健康は全身の健康、特に摂食嚥下機能にも関わるため、必要に応じて歯科専門職との連携を検討します。
地域包括支援センター職員や社会福祉士は、これらの多職種を結びつけ、対象者を中心に据えた支援計画を作成・実行するコーディネーターとしての役割を担います。痛みの情報を共有し、各専門職の視点を踏まえ、包括的な支援を行うことが求められます。
相談窓口・支援サービス
高齢者の痛みに関する相談や支援については、様々な窓口やサービスが利用可能です。
- かかりつけ医、専門外来(整形外科、ペインクリニックなど): 痛みの原因診断と医学的治療の基本となります。まずはかかりつけ医に相談することを推奨します。
- 地域包括支援センター: 地域の高齢者の総合相談窓口として、痛みに伴う様々な困りごと(介護保険サービスの利用、生活支援、他の専門機関への紹介など)に対応します。
- 居宅介護支援事業所: ケアマネジャーが痛みの状況を踏まえたケアプランを作成し、必要な介護サービス(訪問介護、デイサービスなど)の利用調整を行います。
- 訪問看護ステーション: 在宅療養中の高齢者に対し、痛みのコントロールに関する医療的なケアや相談に対応します。
- 市区町村の高齢者福祉担当窓口: 地域の独自の支援サービスや、住宅改修助成などの情報を提供している場合があります。
- 痛みの専門学会や患者団体: 痛みの情報提供や、同じ痛みを抱える方との交流の機会を提供している場合があります。(※具体的な団体名は変動するため、インターネット検索などで最新情報を参照ください。)
専門職は、これらの窓口やサービスの内容を把握し、対象者の状況に応じて適切な情報提供や繋ぎ役となることが期待されます。
まとめ
高齢者の痛みは複雑であり、ADLやQOL、そして精神的な健康にも深く関わる重要な課題です。地域包括支援センター職員や社会福祉士といった専門職が、痛みの非言語的なサインを含む様々な兆候に気づき、多角的な視点から痛みを評価し、医療機関を含む多職種と緊密に連携しながら、対象者一人ひとりに合った包括的な支援を提供することが、高齢者の尊厳ある生活を支える上で不可欠です。本稿が、皆様の日々の業務における一助となれば幸いです。